笙の演奏をする者です。古典と古典でない曲をします。日常のことと演奏のことを書いています。 コーヒー豆は嗜好品、レンズ豆はたぶん雑穀。どちらも豆だけど随分違います。 演奏活動と日常も異なるもの。 人間の営みなんて、どの人もきっといろんな側面を持っているのでしょう。多面的に読んでください。
2012年2月16日木曜日
2012年2月2日木曜日
遅ればせながら,
年が明けて、更に一月も明けました。
遅ればせながら、
(喜)明けましておめでとうございます(喜)
明日は節分です。
お正月、姉から「辰の年は2月3日まで怒らないと、一年を穏やかに過ごせる」と聞き(腹が「立つ」とかかってるのかしら?)、しばらく腹を立てないように過ごしていましたが、なかなかうまく行かないもので、時々腹を縦にしつつ、年明けの1ヶ月を過ごしました。何かの拍子に怒った後にすぐ「今の、怒ってなかったことにして!」と言うと、つい笑ってしまう、という効果を発見したりしながら。
冬場はいつも鬱病なので、昨年末からよく眠る生活をして、私の人生に本当に必要な用件の時だけ奮い立って外出していましたが、ようやくそろそろ人並みの生活に戻れそうな気配です。いつものことですが、鬱から躁へ、躁から鬱へと移り変わる変わり目には、感情の振幅が激しくなります。よく喋ったり、ポロポロと泣いたり。
今も日ごと、時間ごとに振幅する感情の中で暮らしています。
今日は私の人生にとって大切な用事があったので、外出をしました。その用事で一緒だった友人と、仕事の後に皮の問屋さんを覗いて端切を10円とか20円で買ってほくほくしたり、自分一人じゃ入らないような皮の加工道具屋さんで買い物をする友人を待ったり、ラーメンを食べたりしてから、娘の帰宅よりは少しおそくなったけれども帰宅しました。
今年もよろしくお願いします。
2011年12月27日火曜日
休養中
今年一年、めまぐるしく躁状態の一年だったようですので、このところナリを潜めています。よく眠り、気が付くと食が減り、外出が減り、冬眠状態です。1−2週間大人しく潜伏して、次第に元気を取り戻しつつあります。21日には楽団のお仕事をさせてもらって、より元気になってきました。
躁鬱病の大先輩、北杜夫氏が亡くなってびっくりした今年でした。今年は躁の状態を見つけるのが遅くて応対が後手に回って中々大変でした。
躁は見つけてあげないとひたすら突き進むので、止まりません(これは色んな意味で笑えない)。それに比べて鬱は、ひたすら休んで眠ればよくなる、待てば去る、というのがいいところです。
そのような訳で、今年のお仕事は終了。次回のお仕事は1月にある舞台、2月にあるワークショプです。1月はきっとやっぱり家で大人しくしていると思います。
来年もよい仕事に恵まれますように。
そして、よい仕事の期待に応えられるよう、身体も心も、コンディションを整えてお仕事に臨めますように。
〈次回演奏会のご案内〉
伶楽舎雅楽コンサートno.24
『芝 祐靖作品演奏会 その2』
2012年1月 26日(木)19:00開演 (18:30開場)
四谷区民ホール
全作品:芝 祐靖作曲
『伎楽より 呉女、崑崙、迦楼羅』他
(1980-89年 横笛、細腰鼓、銅鑼、銅拍子)
『斑鳩の風』(1991年 箜篌、笙)
『二つの面 』(1963/95年 笙、篳篥、龍笛、琵琶、箏)
古典様式による新作雅楽組曲『呼韓邪單于~王昭君悲話~』
(1999年 管絃16名、歌)
客演:佐々木冬彦(箜篌)、下野戸亜弓(歌)、谷内信一(横笛)
前売・予約2500円、当日3000円(全席自由席)
2011年10月29日土曜日
九州地方で
九州地方で、楽団の学校公演まわりをしています。
12公演のうち5公演を終了しました。
今週は主に熊本が多かったのですが、熊本の小学生や中学生は、道ですれ違っただけでもきちんと挨拶をしてくれたり、とても礼儀正しいです。
雅楽と昔話の曲では目をきらきらさせて聴いてくれます。
来週に4公演、再来週に3公演して帰宅します。
九州地方の皆様、しばらくお世話になります。
2011年10月18日火曜日
ひたちのくにで
地元の方が神様や精霊になって神社の境内で舞を奉納する「楽舞(らくまい)」という新しいお祭りに、毎年招いて頂いて楽をします。今年は10月16日(日)にありました。茨城県常陸大宮市の旧美和村、鹿島神社で、宮司さんに祝詞をあげて頂いてからお祭りは始まります。
今年米寿を迎えれられた水神様、今年喜寿を迎えられた花の精、樹木の精霊、可愛らしいカエルの精や鳥の精、アメフラシや雷神様に風神様、様々の神様や精霊の役に扮して舞を舞う、そこに楽の音をつけます。
今年は大きな震災のあった年。宮司様の祝詞に耳を傾けると、鳥居が傾き、石灯籠が一つ壊れたものの、神社の社殿は神様に守られたため、潰れず最小限の被害で済んだ、とのことでした。
今年で5回目のこのお祭り、毎年修学旅行に行くように、楽人3人は上野から旅をします。前日にリハーサルをし、宿でわいわいおしゃべりをし、翌日のお祭りに臨みます。能管、鼓、リコーダー、弥生笛、笙、鈴やクラベス、バード・コール、様々の音を使って舞と合わせます。
舞をする方々は、最初はまわりを気にする余裕、音を聴く余裕がなく、自分のことに精一杯だったのが、今年はきちんとまわりを見回し、しっかり音を聴いてくださり、そして楽しんで伸び伸びと舞っていらっしゃいました。
5年の間には私にも様々なことがありました。遅くに入った音楽大学を卒業し、父を見送り、現在所属する楽団に入舎し、家庭と娘を最小限守り、音楽の仕事を様々頂くようになり、色んなことを手探りでしてきました。
このお祭りは、私が音楽の仕事でやっていける、と思った原点の仕事であったことを思い出しました。
何かに囚われたり、偉ぶったり、無理に社交性を持とうとしたり、しなくていいのかもしれない。ちょっと無理することがあっても、基本的にはゆっくりゆるゆると、するべきことをできるだけの努力をしながら進んで行くことを思った祝5周年の「楽舞」でした。
お祭りを主催されるHさん、無償の力で支えてくれるTさん、ありがとうございます。
また来年も、鹿島神社でお目にかかります。
2011年8月3日水曜日
新しい人
楽団に、新しい人が入って来ました。
私はまだまだ習う事がたくさんある中、後輩ができてしまって、てんやわんやです。
先生や先輩方にご指導頂きながら、伝えられることがあったら伝えていきたいな、と思っています。わからないことは尋ねながら。
次回演奏会のご案内です。
「十牛図と秋庭歌一具」
国立劇場大劇場
9月10日(金)16時半開演
私は後半、武満徹氏作曲の「秋庭歌一具」で笙の木霊3というパートを演奏します。よろしかったらいらしてください。
2011年7月23日土曜日
本番一件終了
昨日、本番一件終了しました。
今回すごく苦戦しました。苦戦したけど、苦戦した甲斐あって、たぶんちょっとだけ伸びたと思います。怠らない、って、本当に大切で難しいこと。
「伶倫楽遊」紀尾井ホールにて
管絃「迦陵頻破(延只八拍子)・急」鉦鼓
舞楽『蘇莫者』笙(7番手)
大きな舞台にのせてもらえる幸運に感謝しています。
努力を支えてくれる家族と友人に、ありがとうを伝えたいです。
それから、大切なアドバイスをくださる先生にはどのように感謝を表していいのかわからないです。
古典も上手になりたいし、現代曲にものせてもらえるようになりたいな。
願望だらけです。
2011年7月7日木曜日
音の張り
雅楽の古典曲をしていると、音の張り方というものがとても大切。
大学在学中は訳もわからずに、でも週に一度は少人数で先生に見てもらえた。
卒業して3年と数ヶ月が経つ。やはりまだまだ10名くらいのお稽古には通っているが、たくさんの音に埋もれて自分の音だけになることがあまりない。
私は知らないうちに、息を逃す癖がついていたようで、めりはりのない音を指摘された。「押す」「引」「張り」。
「押す」は篳篥や笛の奏法だけれども、笙でとても大切な「張り」「手移り」、そのタイミングをカラダがきちんと覚え直すように練習しよう。音に集中して、拍を感じながら。
本番は7月22日19時〜、紀尾井ホールです。
よろしかったらいらしてください。私は舞楽で、笙の末席に座っております。
2011年6月28日火曜日
2011年6月22日水曜日
共感疲労
先日、何とはなしにフリーペーパーの「R25」という冊子を読んでいたところ、石田衣良氏のエッセイに「共感疲労」という言葉がでてきた。ふむ、おそらく日本中のいたるところで共感疲労が起こっているのだろうと思う。地震から3ヶ月以上が経つ。少し気持ちが緩んできたところでどっと疲労。ここ2−3週間、なんか調子出ないし、ことあるごとに涙ポロポロするの、なんでかなあ、って思っていたところ、どうも鬱らしいということを昨日くらいに発見して、なにかひとつすっきりした。
鬱ながらにライブなんてこなしてしまう自分は、とても成長したと、自画自賛。
14歳手前で発症してから、かれこれまもなく20年のおつきあい。薬を服用することへの抵抗なんかと戦った10年は過ぎ去って、毎日の生活を送ることが重要、って思って薬の服用をきちんとするようになってから、8年くらい。もちろん、生活に変化はあるし、娘は大きくなるし、私が音楽と対面する仕方も変化している。
そんな頃に、共感疲労も重なった。
それでもとても軽くて済んでいるのは、きちんと薬を服用していることと、私を支える家族や友人、時々出会う素晴しい文章、それから私の生きる糧である音楽のおかげだと思っている。
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